「南青山強盗殺人事件」

いわゆる「南青山強盗殺人事件」 出典
事件発生日 2009年11月15日 一審判決
被告人/受刑者 伊能和夫 読11.2.24夕
年齢 逮捕時(10.1.20) 59歳 朝日10.1.21朝
事案の概要 当時74歳の男性が東京都港区の自宅で頸部を刃物で刺されて殺害された事件。殺人等の罪により懲役20年の刑に服した前科がある伊能受刑者が逮捕された。裁判では、量刑判断において前科を重視した一審判決が二審で覆され、死刑判決が破棄された。
第一審 裁判年月日 2011(平23)年3月15日 刑集69巻1号73頁

判時2197号143頁

D1-Law

TKC

裁判所名・部 東京地方裁判所 刑事第7部
事件番号 平成22(合わ)34
量刑 死刑
裁判官 吉村典晃 前田巌 恒光直樹
量刑の理由(要旨) 2人を殺害した罪で懲役20年に処された前科がありながら、その出所後半年で金品を強奪する目的で被害者の生命を奪ったことは刑を決める上で特に重視すべきであり、被告人のために酌むべき事情がないかどうかを慎重に検討しても死刑とするほかない。
控訴審 裁判年月日 2013(平25)年6月20日 高裁刑集66巻3号1頁

裁判所ウェブサイト

判決全文[PDF]

裁判所名・部 東京高等裁判所 第10刑事部
事件番号 平成23(う)773
結果 破棄自判
裁判官 村瀬均 河本雅也 池田知史
裁判要旨 金品を強奪する目的で、被害者方へ侵入し、室内で寝ていた被害者の首を包丁で突き刺して殺害した被告人の犯行は、強固な殺意に基づく冷酷非情なものであるが、妻子二人を殺害して懲役20年に処せられた前科を除けば、被害者が1名であり、被害者方への侵入時には殺意があったとは確定できない本件が、死刑を選択するのが相当な事案とはいい難く、被告人の前科は無期懲役刑に準ずるような相当長期の有期懲役刑で、被告人はその刑の執行を終了しており、前科の事案が夫婦間の口論の末の殺人とそれを原因とする無理心中であって利欲目的の本件強盗殺人とは社会的にみて類似性は認められないことなどを考えると、一般情状である前科を重視して死刑を選択することには疑問があり、原判決には人の生命を奪った前科があることを過度に重視しすぎた結果、死刑の選択もやむを得ないとした誤りがある。
上告審 裁判年月日 2015(平27)年2月3日 刑集69巻1号1頁

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決定全文[PDF]

法廷名 最高裁判所第二小法廷
事件番号 平成25(あ)1127
裁判種別 決定
結果 棄却
裁判官 千葉勝美 鬼丸かおる 山本庸幸
裁判要旨 殺人等の罪により懲役20年の刑に服した前科がある被告人が被害者1名を殺害した住居侵入,強盗殺人の事案において,本件犯行とは関連が薄い前記前科があることを過度に重視して死刑に処した裁判員裁判による第1審判決の量刑判断が合理的ではなく,被告人を死刑に処すべき具体的,説得的な根拠を見いだし難いと判断して同判決を破棄し無期懲役に処したものと解される原判決の刑の量定は,甚だしく不当で破棄しなければ著しく正義に反するということはできない。(補足意見がある。)
備考 当時74歳の男性が東京都港区南青山の自宅マンションの無施錠の玄関ドアからの侵入者に頸部をステンレス製三徳包丁で突き刺され、左右総頸動脈損傷による失血により殺害された事件。

逮捕された伊能受刑者は、捜査段階において黙秘を続け、初公判で裁判長に氏名や生年月日を尋ねられても一切答えなかった(朝日11.2.25朝)。弁護人は公判において無罪を主張し、伊能受刑者が被害者方に侵入する以前に別の犯人が被害者を殺害した可能性を指摘した。

第一審判決は、〈1〉被告人が犯人であるか、犯人であるとして〈2〉被害者方への侵入時(又は被害者への暴行時)に金品を強奪する目的があったか、〈3〉殺意が認められるか、の3つの争点に関して、それぞれ、〈1〉現場に残されていた被告人の指紋と掌紋、被告人の靴についていた血痕のDNA型、および防犯カメラから、被告人が犯人である、〈2〉室内を物色していることから強盗の意思はあった、〈3〉事前に包丁を購入し日曜日の午後に錠の開いたドアから侵入していることから室内に人がいることは当然に予想される状況だった、室内で寝ていた被害者の首を包丁で突き刺していることから強い殺意が認められる、として、伊能受刑者が犯人であり、強盗殺人の意思があったとした。量刑については、

・単に被害者が寝ていただけで被害者を殺害しなければならないと考えるようなきっかけが全くうかがわれないのに、いきなりかなり強い力で被害者の首に包丁を根元まで突き刺している。
・被害者方への侵入時に殺意があったと確定し得ないにしても、被害者を見付けた段階では極めて強い殺意があったことは明らかである。
・前刑出所後、刑務所に入っていたことが周囲に判明するなどして職を失っていたとはいえ、生活保護を受給しており周囲にも手助けしてくれる人もいて、精神的・経済的に追いつめられるような状況にはなかったにも拘わらず、犯行に及んでいる

ことなどを指摘。永山判決(最二小判昭和58年7月8日)において示された死刑選択の際の考慮要素やそれ以降の量刑傾向を踏まえ、殺害の態様等が冷酷非情なものであること、その結果が極めて重大であること、懲役20年に処された前科(妻を刺殺するとともに幼少の2人の子を殺害しようとして自宅に放火し娘を焼死させた)がありながら、その出所後半年で金品を強奪する目的で被害者の生命を奪ったことは刑を決める上で特に重視すべきであり、被告人のために酌むべき事情がないかどうかを慎重に検討しても、死刑とするほかない、とした。

弁護側が控訴し、訴訟手続の法令違反、事実誤認(伊能受刑者は原判示の日時に被害者方に侵入したことも被害者を殺害したこともない)、死刑制度は憲法13条、31条、36条に違反するし死刑の選択に当たり前科を重視している点で二重処罰を禁じた憲法の規定にも違反する、また、死刑の量刑は重すぎて不当であると主張した。
判決は、量刑不当以外の弁護側の主張は全て退け、量刑については、死刑が相当かどうかはいわゆる永山判決(最高裁第二小法廷昭和58年7月8日判決)に示された考慮要素を検討した上で、過去の先例の集積からうかがわれる傾向を参考として判断すべきであり、本件では殺意が強固で殺害の態様等が冷酷非情であり、結果が極めて重大であることは第一審判決指摘のとおりであるが、被害者が1名であり、侵入時に殺意があったとは確定できず、殺害について事前に計画したり当初から殺害の決意を持っていたとはいえないのであって、前科を除く諸般の情状を検討した場合、死刑を選択するのが相当とは言い難い。そして、殺害された被害者が1名の強盗殺人罪のうち、前科が重視されて死刑が選択された事案の多くは、殺人罪・強盗殺人罪により無期懲役に処され仮釈放中の者が再度前科と類似性のある強盗殺人罪に及んだという事案、又は、無期懲役に準ずる相当長期の有期懲役に処された者であって前科と新たに犯した強盗殺人罪との間に顕著な類似性が認められる事案である。本件では、伊能受刑者の前科は無期懲役に準ずる相当長期の有期懲役であり、その前科は利欲目的の本件強盗殺人とは社会的にみて類似性は認められず、また、もはや改善更生の可能性がないことが明らかとは言い難く、実際に伊能受刑者は更生の意欲を持って努力したが、前科の存在が就職にも影響して何事もうまくいかず、自暴自棄になった末の犯行の面があることも否定できない。したがって、前科を重視して死刑を選択することには疑問があり、第一審判決は人の生命を奪った前科があることを過度に重視した結果死刑を選択した誤りがある、として死刑判決を破棄、無期懲役とした。

検察側、その後弁護側も上告(読13.7.4朝)。
最高裁は、本件は被害者方への侵入時に殺意があったとまでは確定できない事案であり、早い段階からの計画性があったとはいえず、また、前科に関する情状を除くその他の要素を総合的に評価した場合、死刑を選択するのがやむを得ない事案であるとは言い難い、また、本件強盗殺人という自己の利欲目的の犯行である点や犯行の経緯と第一審判決が重視する前科の内容、すなわち、口論のうえ妻を殺害し、子の将来を悲観して道連れに無理心中しようとした犯行とは関連が薄い上、刑の執行を受け終わり、更生の意欲をもって就職するも前科の存在が影響して職を維持できず、自暴自棄となった末に本件強盗殺人に及んだとみる余地があるのであって、本件強盗殺人の量刑に当たり前記のような前科の存在を過度に重視するのは相当ではない、第一審判決は、死刑の選択をやむを得ないと認めた判断の具体的、説得的な根拠を示したものとは言い難いとして控訴審判決を支持し、上告を棄却した。